2009年11月19日

いわゆる事業仕分けについて

当節話題の事業仕分け、じっくり書こうと思っていたが、いきなり議論沸騰になってしまったので、きちんと調べものもせずに、印象だけささっと書いておく。間違いも含まれようが、気にしないことにする。ここまでの経過をインスタントに知るには、ゴルドーニが便利(http://goldoni.org/cat18/)。

新国立劇場運営財団については廃止を求める論調が強かったようだ。常勤の理事と理事長4名のうち2名が天下りであることが問題視されたようだが、そもそもこの4名は全員が劇場業務の素人であり、実は全員不要である。もっとも、4名を含めた役員30名の人件費は、資料が正しければ総額でも6,000万円弱(うち天下りの2人で3,000万円)だから、全員クビにしても大した節約にはならない。

今回の事業仕分けでは、芸術に関する支出を正当化する成果を示せなかったことが厳しい指摘につながった。それに対して文化庁などは「芸術は成果を求めるものではない」などと泣き言を言っているようだが、納税者が費用対効果を知りたいのは当然で、そんな繰り言が通用すると思うのはお子ちゃまだけだ。結局、文化庁は自分の金の使い方を正当化するという最も基本的な業務もまともにできないということを公言したに等しい。何のことはない、新国立劇場運営財団が不要だと言う前に、文化庁が不要なのである。文化庁を廃止して文科省に統合すれば、財団を廃止した以上の効果が見込まれる。ぜひ廃止していただきたい。

さて新国。「果たして新国は必要なのか」という根源的な疑問まで出されているが、むべなるかな。文化に金を出す必要まで否定されているわけではないので、その点は安心できるが、歌舞伎、能などの伝統芸能ならともかく、オペラやバレエを国費で支援する必要があるのか。一般納税者がそう思うのはある意味当然で、それを納税者に向けて説明する努力を誰もが怠ってきたのは厳しく指弾されて当然である。

もっとも、そんな説明をするのはかなり難しそうに思える。少なくとも私には難しい。私なら、「まあそうはおっしゃいますが、明治以来の欧化政策で文化の西洋化が進んでしまい、実際、日本人でも、世界で活躍する優れた演奏家、歌手、舞踊手が育ってきています。それをまったく放置して、海外でのみ働いてもらうのもねえ…」と、あまり論理的でもない浪花節に訴える程度しか考えつかない。もちろん、ニーズがこれこれあるから、これこれの質のものをこれこれの量提供する必要がある、みたいな立論が正攻法なのだが、それをやると、民間まで含めると(量的には)明らかに供給過剰なので、藪蛇になってしまう。本当は、単に新国だけの問題でなく、日本の西洋音楽界、バレエ界全体を広く見据えた議論が必要なのである。

それはともかく、最悪財団は廃止されるにしても、新国立劇場そのものが廃止される可能性はとりあえず考えないことにして、新国にどれくらい無駄があるかを考えてみよう。新国の金の使い方は、ざっくり事業費50億、人件費15億、一般管理費15億の計80億である。

気になるのが一般管理費だが、仕分け委員の主張どおり、芸術文化振興会と統合したとして、どの程度節約できるのだろうか。一般企業の管理費であれば、管理部門を統合することにより、ごく大まかに言って片方の管理費がほぼ丸々浮くことになるが、新国の場合はそううまく行くだろうか。くそくだらん設計にしてしまったおかげで、年間の保守管理費用が何億という単位でかかるんじゃなかったっけ。しかも舞台美術を銚子に保管する費用もかかる。どうもそれほど節約できなさそうな気がする。

人件費はどうか。財団の職員数が多すぎるのはたしかだろうが、減らすとして、どれくらい減らせるのであろうか。照明や装置など、いわゆる劇場付きスタッフの数はほとんど減らせないだろうし、衣装や舞台美術も同じ。ダンサー、合唱団員を減らすのも(質を保つという前提では)難しい。やはりそれほど大きく節約することは困難だろう。

事業費はある程度節約できるだろう。だいたい、新国はオペラに金をかけすぎである。毎年5本も新制作する必要があるのか。それも、5本ずつレパートリーが増えていくのならまだしも、「作ってみたらダメだったので作り直します」みたいなふざけたものがある。『カルメン』なんか、開場12年で早くも3つめのバージョンを使っているのである。これなど、ことによると背任になってもおかしくないとすら思う。また、新制作するにしても、もう少し節約できるはずだといつも思う。『西部の娘』なんか舞台装置はほとんど、大量の段ボール箱だけだったが、あれは安くあがったのだろうか。歌手も、外国人ゲストを呼びすぎではないか。大してうまくもない歌手を呼んで無駄金を使っているように見える。個人的には、新国のオペラはヨーロッパの地方劇場レベルに縮小するべきだと思う。つまり予算が少ない中でがんばってます、みたいな感じで十分。世界最高水準のオペラは外来にまかせとけばいい。演出家も指揮者も主役も国内で調達できない現状で世界最高水準を目指されても悪い冗談にしか思えない。

演劇もかなり無駄。新国の演劇というと、有料入場者率を上げるために、金に飽かしてタレント俳優を連れてくる、という印象が強い。オペラやダンスと違って日本の演劇は民間もかなりしっかりしているので、新国では、採算度外視で芸術性の高いものをやればよい。ペイはしないだろうが、予算の絶対額はいまより少なくてよいだろう。

それで残るバレエとダンスなのだが、いずれも新国でも虐げられた立場で、最初からあまり金が回ってきていない。特にダンスなんか、最初から予算規模も小さいし、民間でやっている人に上演機会を与えているだけなので、節約の余地はほぼないだろう。バレエは開場当初こそ、キーロフに莫大な金を払ってチャイコ三部作を導入したと言われているが、最近は豪華ゲストもほとんど呼べなくなったし、「金がないんだろうな」と思うことが多い。つまらん新作を作るのを控えるくらいが関の山だが、そもそもあまり新作を作っていないから節約効果も限られる。あ、そうだ、オケを節約する手があるな。いまのバレエのオケは無駄に大編成になっているから、もう少し減らして安くしよう。
 
そういうわけで、新国の予算は、何割か削減されるとしても、半減まで削るのは難しいというあたりではないかと思う。問題は、削られたときにどこにしわ寄せを持っていくかだ。ダンサーや合唱団員の給料を削るのが一番簡単だろうが、そうすると士気が下がって新国の個性もなくなってしまうだろうから、それをやったらおしまいだ。逆に人件費以外を削るなら、いままで金で片を付けていた部分を知恵で解決する必要が出てくるから、場合によっては奇貨とならないとも限らない。

しかしまあ、基本的なことを言えば、増税、国債増発、国家予算規模拡大の中で、芸術予算を削ろうというのがグロテスクな話ではある。削るなと言うのでなく、最低でも予算規模を前年並みに抑えてから話をしろということである。ちなみに私は民主党には投票しなかった。民主党に投票した皆さんは、今回の事業仕分けに文句を言う権利はあるだろうか。もちろんある。ただ、投票した責任として、その際の文句は、倒閣というベクトルに向かうべきだと思う。
posted by cadeau at 09:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする