2011年02月11日

舞踊評論家とその周辺(1)

舞踊評論家とか舞踊批評家とか呼ばれる人たちがどういう人種であろうと、書くものさえまともなら(あるいは無害なら)、一般のお客さんにはそれほど影響がない。このブログは特に想定読者層を限定していないので、業界内事情などはあまり書いていないつもりだが(意識して避けてもいないが)、たまにはそういう話題に触れなきゃいけないこともある。今回の記事は、業界の外部にはほぼ無関係なので、特に興味がなければお読みいただく必要はないと思う。読むと不愉快な気分になるかもしれないので、あらかじめお断りしておく。

一口に評論家(というか、舞踊公演に関する文章を職業的に書く人)といっても一様ではない。舞踊研究者、知識人・文化人(舞踊以外の研究者を含む)、舞踊ジャーナリスト・ライター、公演評執筆者などいくつかのタイプがあり、複数のタイプを兼ねている人も当然いる。それらのタイプによって書くものにどのような傾向が表れるか(どのように補正して読めば本音がわかるか)、有名な執筆者諸氏はどのタイプなのか、そんなこともそのうち書きたいとは思っているが、それは他日に期する。

今回は、上の類型では舞踊研究者(兼批評家)ということになる人物に関する情報である。昨年10月末の記事(http://kado.seesaa.net/article/167452617.html)の末尾で、「研究者という存在自体が舞踊家から信用されていない。それも見識とかよりむしろ人間性が疑われていることが多い」と書いたが、まあご多聞に漏れずというか、ずいぶんひどい話だなと思うことを聞き込んできたので紹介する。なお、この記事の目的は、その特定の人物を非難攻撃することではなく、「世の中にはこういう人もいるので十分気をつけてください」と一般に注意を喚起することである。したがって、その人物を名指しすることはしない。

その人(A氏とする)は、研究者としてまったく能力がないわけではないと私は判断している。A氏の論文の質について他の研究者から疑義を聞き及ぶことはあるが、研究の着想そのものは、なかなかいいところに目をつけるなと思うこともある(もっとも、その着想がたしかにA氏本人のものなのか、ということまでは知らない)。

で、まあそのA氏が、とある人(B氏とする)と一緒にプロジェクトを立ち上げた。B氏は研究者ではない人で、つまり最初は民間の私的プロジェクトとして始まったわけ。研究費が潤沢に使える環境にあればともかく、そうでない場合など、とりあえず自費で始めてみるというのは、決して奇異なことではない。ところが、さすが先進的な研究だけあって、舞踊関連の研究プロジェクトでありながら、IT機材やらネットワーク環境やらが必要になってくる。それらを揃えるにはある程度のお金が必要だ。もちろん、舞踊関連なのだから、実際に踊る人も必要になる。最初はこぢんまりとスタートしても、すぐ壁に突き当たる。

着想は悪くないと上で述べたとおり、この2人のプロジェクトに興味を示した人が2人いた(ほかにもいただろうが、ここでは無視する)。1人はIT関係のちょっとした人物(C氏)、1人はダンサー(D氏)で、この2人はセットだと思ってほしい。そこで、C氏が、機材、ネットワーク環境、簡易スタジオとして使用できる空間、およびB氏への技術訓練を提供し、D氏がダンサーとして参加することになった。これで、この4人と、A氏が見つけてきた、ネットワークの向こう側にいる共同研究者とで、本格的に研究を進める体制ができた。

それで着々と進めていったわけだが、仕事を一緒にしていれば、いろいろ摩擦が発生するのは当然だ。関係は徐々に悪化していったらしい。それでも、A氏だけでは実務ができないので、なんとか一緒にやってはいた。だがそのうちに、A氏がまとまった研究費を獲得してくる一方、プロジェクトの方も、ネットワークのこちら側での実務が一段落して、向こう側でのプレゼンテーションなどの作業が残るだけになる。そうなると、A氏にとって、もうC氏は不要だ。お金があればダンサーは雇えるから、D氏も不要。そこでA氏は、自らの意に沿わないC氏とD氏をシャットアウトした。

C氏とD氏にしてみれば、得にもならないのに当初からプロジェクトに関わってきたからには、最後までやり遂げたいと思うのも当然だ。特にD氏など、ネットワークの向こう側の土地に実際に移動してプレゼンテーションで実演をする機会があれば活動実績にもなる。そういう期待もあって時間と労力をかけて協力してきたのだから、いきなり外されるのは非常に心外だったようだ。なお、B氏は、そうした様子を見て、A氏のやり方はあまりにもひどい、ということで、どこかの時点で抜けたという。

それでもまあ、ここまでの話なら、研究者倫理としていかがなものか、ということで済む。だが私が特に問題だと思うのは次の点だ。

C氏は、A氏のプロジェクトにお金がないときに機材などを提供した。それだけでも多大な貢献だが、これは研究のためであり、A氏の研究業績になるという意味では結果的にA氏の大きな利益にもなる(したがって普通の人なら恩義を感ずる)とはいえ、A氏個人のための貢献ではない。

だが、それだけではなかった。若手研究者の常として、A氏は手元不如意なことが多かったらしい。そこでC氏は何回となくご飯を奢ってあげ、あまつさえ、仕事まで提供したという(もっとも、ある問題のためにその仕事は短期で終わったのだが、それはC氏の責ではない)。これは純粋に、A氏個人に対するC氏の厚意であって、それ以外のなにものでもない。あなたなら、そんな人を裏切れますか? 切り捨てられますか? プロジェクトの初期から、必要な機材と環境、訓練と場所を提供することで自分の研究を成立させてくれただけでなく、メシを食わせてくれ、仕事まで世話してくれた。ちょっともめたくらいで、そこまで世話になった人を切り捨てられるとは、つくづく恐ろしい人ではないか。

世の中、欠点のない人はいない。むしろ、欠点のある人の方がおもしろい。長所が10あって欠点のない人より、長所も100、短所も100ある人の方が魅力的だろう。だがA氏の場合、30の長所に対して短所が300くらいあるように私には感じられる。それに、欠点が多くても、人の言葉に耳を傾ける姿勢があれば、改善の見込みがあるからまだいいのだが、A氏の場合は何を言っても馬耳東風なのでどうしようもない。

そこには、批判に耳を貸そうとしないというより、もっと根深いものがある気がする。より広く、自分にとって都合の悪いことの存在を認知することができないのではないかと思われる節がある。私も一緒に仕事をしたことがあるが、「これは公開しないでおきましょうね」と互いに申し合わせた事柄を、あとから何度となく公開しようとして大変困ったことがあった。二度や三度ではない。何度言って聞かせても、あたかも最初から公開することに衆議一決していたかのように、素知らぬ顔で持ち出してくる。こちらが根負けするのを狙っているのか、それともうっかりOKするのを狙っているのかと疑心暗鬼になり、大変なストレスであった。

だがおそらく、そこに悪意はないのだ(B〜D氏も同意見)。悪意も何もなく、ただ、都合の悪いできごとは記憶に残らず、ものごとを思うままに処断することに何のためらいも疑いも感じない、それだけのこと。周囲にとってみれば、だからこそ危険なのだ。A氏との間で交わした約束や申し合わせが尊重されるかどうかは、その場になってみなければわからない。A氏は、悪意も何もなく、約束をあべこべに覚えているかもしれないし、得手勝手な決定をくだすかもしれない。

A氏と一緒に仕事をするなとは言わない。自分のプラスになるならやればいい。たとえば単純に雇われて踊るだけなら、最悪でも報酬が支払われないくらいで済み、持ち出しにはならないだろう。ただ、より深く仕事をしようとすると、仕事の労力と同じくらい、A氏とのつきあいにエネルギーが必要になる、このことは警告しておく。A氏との間の取り決めは、A氏に都合のいい形に変換されてA氏の頭の中に保存されている可能性があるので、隅から隅まで細大漏らさずしっかり自分が覚えていないと危なくてしょうがない。お殿様と仕事をするようなものである。しかも、いくらお殿様に尽くしても、機嫌を損ねたらいきなり切り捨て御免になる可能性すらあるのだ。そこを踏まえて、C氏やD氏のような目に遭わぬよう重々気をつけてほしいと思う。

ここまで長々と、とんでもないお耳汚し、お目汚しに付き合わせてしまい、私としても慚愧に堪えない。さっさと耳なり目なりを洗ってください。


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2011年02月12日

舞踊評論家とその周辺(2)― 舞踊批評家協会

舞踊批評家協会という団体がある。もう長い活動歴のある団体だ。3ヶ月に一度、例会を開いて情報交換をし、舞踊批評家協会賞という賞を設けて、その年度に目立った業績のあった舞踊家を表彰している(だいたい正賞5名以内、新人賞3名以内)。舞踊批評家協会賞は、舞踊家の経歴にも記載されることの多い、由緒ある賞と目されている。

以前には、江口博、早川俊雄、うらわまこと、山野博大ら、長年にわたり活発に舞台評を発表してきた人たちがこの会に多く参加していた時期もあった。その後、三浦雅士、鈴木晶、尼ヶ崎彬、貫成人ら、立派な研究者や文化人が名を連ねていたこともあった。その頃までは、その人たちが選定する賞にはそれなりの権威があった。
しかるに、いつの頃からか、そうした立派な批評家たちは次々と会を去っていった。今では昔日の面影をしのぶよすがもない。現在の会員は以下のようになっている。
【氏名】  【専門分野】      【備考】
藍本結井   日本舞踊
石川健次郎  日本舞踊
三枝孝栄   日本舞踊
横溝幸子   日本舞踊、演劇
中村文昭   舞踏
古沢俊美   舞踏
志賀信夫   舞踏(とコンテンポラリーダンス)
関口紘一   バレエ
吉田悠樹彦  現代舞踊
阿部孝子   洋舞          名古屋在
菘あつこ   バレエ         関西在
久保正士   洋舞          *1
桜井勤    洋舞          *1
前田允    コンテンポラリーダンス *2
伊藤喜一郎  ジャズダンス      *2
*1 ご高齢につき、もう公演会場でお姿をお見かけしなくなった。
*2 病気療養中につき、公演会場でお姿をお見かけしない。

「専門分野」というのは、数多く舞台を見ている分野のことである。私見では、年間、どんなに少なくとも年に60本以上(本当は「最低80本」と言いたいところ。むろん発表会やコンクールは含まない)見ていない分野については、年間を回顧して賞を選考する資格はないと思う。

さて会員リストを見ると、日本舞踊と舞踏はそこそこ人数がいるものの、洋舞方面はからっきしであることが誰の目にも明らかだ。たとえば、首都圏でバレエをある程度以上見ているのは関口さんしかいない。いっそ「関口賞」として関口さんが個人で賞を出せばいいくらいのものだ。しかるに実際の選考では、ろくすっぽバレエを見ていない人がいろいろ横槍を入れてくるらしい。現代舞踊やコンテンポラリーダンスも手薄の一語に尽きる。

これでは、その分野に多少詳しい個人が推薦し、その分野を一般の観客と同程度に見ている数人が賛否を述べる、そんな一種の観客賞でしかないと言わざるを得ない。40回余を数える舞踊批評家協会賞の名をはずかしめる状態だ。そうしたメッキのはがれ方加減は、実は舞踊家にも薄々感づかれていて、近年の受賞者のうち、熊川哲也、金森穣などの諸氏は授賞式にみずから現れなかったし、式に出席してみずから受賞しておきながら、会場の隅で「こんな賞もらってもしょうがないんだけどね」とこぼす大御所までいたという。

舞踊家としては、どんな賞でももらえばうれしいし、経歴欄のいい飾りにもなる。たった一人の推薦でも、推薦理由を明確に論じきれていればいいと言う人もいる。それは理解できる。だが、この伝統ある賞が、今も以前と同じ価値を持っているなどと思ったら、さすがに以前の会員や受賞者の面々に対して失礼に過ぎるだろう。現状がせいぜいこの程度のものだということは、公平のために広く知られるべきだと思う。

「そんなにひどい状態なら、おまえが入って会を改革すればいいではないか」という人もあろう。それもわからないではない。だが一方、多くの人がこの会を去っていったのはそれなりの理由もあってのことだろうに、それが総括されたとも見えない。そんな状態の会に参加して、そのお仲間の一人とみなされるのはさすがに厳しい。そのことは容易にご理解いただけるであろう。いったん伸びきったうどんに手を加えて、なんとかおいしく頂きましょうなんて考えても詮ないことなのだ。うまいうどんを食いたければ、新しく打ち直すにしくはない。
posted by cadeau at 01:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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