2011年08月30日

サイトウキネンフェス/『中国の不思議な役人』『青ひげ公の城』

8月23日(火) 19:00 まつもと市民芸術館

『中国の不思議な役人』はストーリーをきちんと追うし、「娘」を情の濃い少女に設定しているため親しみやすい。悪党を「娘」の三人の家族にしたのも、すっきりしていい。作風は、最近の見世物小屋路線でなく、『Play2Play』まで戻ったかのような、ムーブメントで見せるタイプ。大きめの座卓のような赤いテーブルを隠れ場所として使う振りがおもしろい。金森作品の中でもいい方だと思う。

金森にベジャールの影響を見る人がいるが、少なくともNoism以降の作品でそう感じたことはない。だいたいベジャールだって作風がずっと同じだったわけじゃないし、「どのベジャール?」って訊きたくなる。これだって、ベジャール版よりは断然おもしろい。赤いテーブルを使うのがベジャールへのオマージュだとしても、内容的にはほぼ関係がない。

ただ「役人」を“国家のための生け贄”と解釈したのは、世界に売り込んでいく上で障害になるかも。原題を英語で書くとThe Miraculous Mandarinだが、Mandarinは清朝の高級官僚。科挙に受かることだけに血道を上げ、役人になった後は実務に興味を示さない中国の高級官僚は、歴史的に腐敗の代名詞。役人になるのは一族の繁栄のためであり、私利私欲に走って当たり前だ。そもそもこの作品は、その強烈な欲望追求姿勢の不気味さを際立たせることで成立しているわけで、「国家/社会に身を捧げる生け贄人形」(プログラムより)として、家族のために自分の身体を捧げる「娘」と対置する解釈はかなり無理がある。「Mandarinというタイトルだが、どこにでもいる小官吏に読み換えた」と開き直れば通らないこともないが、迫力が薄れるよね…。

『青ひげ公の城』は青ひげ公と新妻が出ずっぱりで歌い交わすだけだから、それほど飾らない演出が普通と言えようが、今回はパフォーマーをかなり入れ込んでいて驚いた。それがまた効果的。『Play2Play』のようにハーフミラーっぽいV字型の高いスクリーンを動かして空間を開閉していた。ゲルネ、ツィトコーワ、サイトウキネンオーケストラ、いずれもスーパーなレベル。小澤の名前があれば一流の人が来てくれるということ。

『中国の不思議な役人』は装置の奥行きが深いし、コーラスも必要なので、国内ではほかに新国しかできないだろうが、新国は『青ひげ公の城』ともどもプロダクションごと買うべき。本当におもしろい。
 
ただ、深く感動したかと言うとそうでもないかな…。どちらの作品とも、本当にやりたかったことは、金森は『NINA』でもうやっちゃったんじゃないかな。


posted by cadeau at 08:11| Comment(0) | TrackBack(0) | コンテンポラリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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