2014年12月20日

新国立劇場バレエ団『シンデレラ』2014年12月18日(木)

新国立劇場バレエ団『シンデレラ』
2014年12月18日(木) 19:00
米沢唯/菅野英男

まず目立ったのはチェロとコントラバスが正面奥(上手側)に位置していたこと。マーティン・イェーツというこの指揮者は初登場ではないが、今まではどうだったかな。中低音を音の出やすい場所に置いて、弦の厚みを増す狙いかと思う。効果はそれほど歴然とはしていなかったが、まあいいんじゃないの。全般に、演奏の不満はほぼなかった。東フィルにしては珍しい。

ただこないだのボリショイと比べるとずいぶん違う。まず音量が違う。ボリショイはコンバス4本(いわゆる12型かな)のそれほど大きくない編成だが、コンバス7本(よく見えなかったが今回は6本かも)の東フィルの1.5倍くらいの音が出ている。日本のオケは管楽器がほぼ毎回なにかしらやらかすのだが、音量を抑えて吹かなきゃいけないのがその一因と言われている。日本のホールは容積がかなりあるので、大編成でも思いきり鳴らして全然問題ないのだがなあ。

米沢のシンデレラはちょっとユニークで、家族の一員という性格が強い。姉との間にちゃんと関係が成り立っていて、家族がいるときには米沢は目立たない(ようにしている)。シンデレラとしてそれはどうなのかと思わなくもないが、きちんと解釈した結果なら認めざるを得ない。小野のシンデレラもお姉さん大好きっ子なのだが、なぜか小野の場合、思いが一方的で、姉からはそれほど愛されているように見えない。

菅野も少し細くなったのか、ちょっと王子っぽくなった。ふだんのサラリーマンぽさは少し後方に退いた。全般に今回は男性陣の立ち方がよくなり、今までの子どもっぽさがかなり減少した。女性群舞もよくなっているし、大原体制になってこれほどの短期間にこれほど変わるとは驚き。いったい何をどうやったのか?

踊りの面では、米沢以上に秋の精の五月女遥がいい。驚くほどの精度を最初から最後まで貫く。どれほどの思考と試行を重ねたのか、気が遠くなる。冬の細田千晶もかなりいいが、五月女と並ぶと分が悪い。ただ全体としては、新しく入った人を中心に、アシュトンぽさはちょっと薄れたかな。米沢も踊りに特に不満はないが、もうちょっとアシュトンぽくならんかな。

とまあ、バレエの快楽もけっこう享受したのだが、苦痛もあった。姉たちが出るところは全部苦痛。クリスマス・パントマイムの伝統がない国でこれやるのは無理がありすぎるよ…。それに父親。父親がおどおどしているのは沽券を保とうとしているのに姉たちに尊重してもらえないからなのだが、日本人でそこをちゃんとやっている人は過去に見たことがない。単に挙動不審か、よくて「入り婿なので立場が弱いんですぅ」みたいな感じ。入り婿なのか?アシュトン版では衣装も一幕はトランプの王様みたいで似合わないし、ほんとに苦痛。

アシュトン版が名作なのに異論はないが、日本人がやるにはちょっと無理すぎないか。シンデレラだと、国内でも東京シティやシャンブルウエストの版がけっこういいし、適当な人(と言っても難しいが)に新作委嘱してもいいんじゃないの。特に日本の場合、作品を深く研究し、伝統を踏まえて新しく振り付けるという方法論が定着していないと思われるので(牧さんくらいじゃないか)、そういうプロジェクトを立ち上げれば次代につながる。しかも、そういうプロジェクトに音楽面で与力できそうなのは福田一雄さんくらいなので、今やらないともうできなくなる可能性がある。


posted by cadeau at 11:40| Comment(0) | TrackBack(0) | バレエ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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