2005年05月31日

新国立劇場『フィデーリオ』

新国立劇場オペラ劇場

変なオペラ。ジングシュピールとドラマとオラトリオが次々に継起すると言われていて、実際その通りだった。一幕のジングシュピールの部分は退屈。二幕に入って、ドラマはもったいつけすぎ。もう少しテキパキやってほしいなあ。最後のオラトリオ的部分は、どこからともなくウェディングドレスの花嫁と燕尾服の花婿が何十組も現れる。めちゃくちゃキモイ。合同結婚式かよ!

演出がミスマッチ。基本的な構造は水戸黄門とほとんど変わらず、ピンチの極点でご隠居ならぬ大臣が現れて悪い刑務所長から主役ペアを救い出す超ご都合主義。それはそれで全然かまわないが、そんなものの演出を必要以上に深刻にするなんておかしいでしょ。テンポよく進めてテンポよくご隠居が登場して、華やかに歌い上げて終わるのがよかろ。北野武に演出させろ。


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2005年01月05日

ソフィア国立オペレッタ劇場『メリー・ウィドウ』

指揮は先日と代わってユーリ・タミヤノフ。さすが強行日程だけに一人で全部振るわけにはいかないのだな。しかしこの人はあまり当たりではなかった。ピットに入ってきてお辞儀してそのまま始めて…オケが揃わないじゃん…。さすがにズレると言うほどではないが、音の出し方が揃うまでに幕が開いてからかなりかかった。

大体2日で4ステ、一日休んでまた繰り返し、なんてムリでしょ。歌手は交替できるが、オケはそうもいかん。コントラバスの女性など、演奏の合間に楽器を抱いて休んでいた。かなり皆さんヘロヘロ気味。

歌手は先日のアイゼンシュタイン夫(マリオ・ニコロフ)がダニロ伯爵、ブランドンの母親に似たマリヤナ・アルセノヴァはヴァランシエンヌ。ニコロフは相変わらずうまかったが、驚嘆すべきだったのはハンナのドブリナ・イコノモヴァ。朗々と艶のある声で素晴らしかった。また、カミーユのペニョ・ピロソフも大変な美声だった。

先日の『こうもり』に比べると、歌手で勝って舞台で負けた、みたいな?

それにしても低コストっぽく運びやすそうな装置やただの布に絵を描いただけのドロップを一丁前の舞台装置に見せる照明の使い方のうまさは大したものだった。こういうのを見ると、本当に金よりセンス、金より工夫だな、と思う。金でしか解決できないスタッフの作るものとは比べものにならない。
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2005年01月02日

ソフィア国立オペレッタ劇場『こうもり』

やはり『こうもり』を見ないとクリスマスシーズンらしくない。ちなみに、25日を過ぎるとクリスマスツリーを片付け始めるというのは、日本に暮らしているキリスト教圏の外国人にはびっくりすることだそうだ。24日がクリスマス期間の始まりで(クリスマス気分という意味ではクリスマスシーズンは12月初め、クリスマスカードが届く頃から始まっている)、終わりは判然としていないが、少なくとも1月1週目くらいまではクリスマスの装飾が街に残っている。『くるみ割り人形』も『こうもり』も平気で1月に上演されている。

会場は東京国際フォーラムホールC。見やすさとか音響では何の印象もないし、クロークが異常に狭い上、客席までの動線が無駄にダラダラしていてろくでもないが、1F客席から客席上空を見上げたときの美しさは天下一品。黒い天井にダウンライトが格子状に並んでいる。このキャパ1500ほどのホールが、ほぼ埋まっているのは1Fだけ。1月2日だし昼夜2公演だしで、まあ当然ではあろうが、興行的に大丈夫なのかとちょっと心配になる。

内容的にはとても楽しめました。歌手はさすがに粒揃いとはいかないが、アイゼンシュタイン夫妻(マリオ・ニコロフ、マリヤナ・アルセノヴァ)は十分な実力。小間使いアデーレ(リディヤ・ペトロヴァ)も、もうちょっといい声が出ると思うが、役作りで萌え声にしているのだろうか? オルロフスキー侯爵は全然声が出ていなかったが、風邪でも引いたのか。バレエが多いのだが、こちらはよくない。振付もひどいし、ダンサーはプロ水準じゃない。そもそもダンサーとは思えない脂肪のつき方の人が大半。この程度なら現地調達した方がはるかにまし。

一番よかったのは指揮者。イーゴリ・ボグダノフという。序曲が特に素晴らしかった。バレエにしろオペラ、オペレッタにしろ、序曲はきわめて重要なのだが、その重要さは劇場で暮らしているような指揮者しか認識できないかもしれない。少なくとも日本人では思い当たる人がいない。オケはコントラバスが2本、第一バイオリンは8本か10本かわからなかったが、いずれにしろ小さい編成。東欧圏だからきっと安いのだろうが、過酷な日程を受け入れざるを得ないこんな小さなオケでも、国内の大オーケストラより“音楽”しているのだから恐れ入る。と言うか、日本の音楽家は実力のわりに優遇されすぎ。

ボグダノフはオケから音楽を引き出す上に、歌手陣を細かくコントロールしているのが印象的だった。さんざんやり尽くした演目でもそんなに細かくやるのか、と感心した。
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2004年12月11日

2004年11月22日

新国立劇場『椿姫』

2002年初演。なんとかいうイタリア人の演出らしいが、ほとんど演出らしい演出はなく、舞台装置ありのコンサートのようだった。

それにしても、新国立劇場のプログラムはよろしくない。オペラの場合、読みがいはあるのだが、必要なデータをきちんと載せないで、周辺情報記事が充実している。まあバレエの方は周辺情報記事すら内容空疎だからオペラの方がはるかにいいのだが。

初演日は辛うじて載っているものの、今回初めて見る人もいるのだから、バージョンの特徴と演出の特徴だけは必ず載せないといけない。プログラムは何のためにあって、何と何を載せるべきなのかとか、そういう風に原理原則を考える人が一人もいないからこうなるのだろうな。そういうところは実に日本人的。形だけ真似て中身も同じになったと自ら錯覚する。

さて舞台だが、歌手はまあうまい。だが芝居心がない人が大半。ヴィオレッタは声量も芝居心もあるが、どうも本来は繊細な表現に長けた人のようで、もっとずっと小さい劇場で聴いてみたいものだと思った。アルフレードの佐野成宏は芝居心皆無。自分のコンサートであるかのよう。今回のプロダクションは日本人キャストが多く、まあみんなそんな感じで感興がない。がっかりだ。オペラはオペラであって、音楽の一ジャンルではないのだけどなあ。若杉弘の指揮による演奏は素晴らしかった。特に、弦の中に弱音の管が溶け込んで、しかしくっきりとしているところなど、うっとり。

演出は本当にないも同然。何が奇妙って、装置のレイアウトがみな直角を強調していること。『椿姫』ほどそういう四角四面さから遠い作品もないと思うがなあ。何を考えているのだろうか。
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